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Blut unt Weiß

伊藤計劃に感化された一連の文章の群れ。日記、少年マンガを中心とするオタク趣味の感想および世界を変えるための文章が置かれる。御口に合いますれば幸い

クリスマスが近い

 やぁ、こんにちわ。好きな格闘スタイルは正攻法のなかに奇策を混ぜるトリックスター、門倉アァトです。

 

 クリスマスが近いなぁということでそれにまつわる話を一つしてみたい。以下は子どもには開示してはいけない情報が含まれているので、R-18とする。

 

 

 

 クリスマスが近い。FGO等でもクリスマスイベントなどをするようだ。今回は少し早いクリスマスネタ、もといサンタクロースネタで書く。

 

 

 サンタクロース。

わたしの理解するそれは、赤い服装に身を包んだ老人がトナカイの引くそりに乗って、子どもたちのもとへプレゼントを届けてくれる、という寓話、ないしその老人のこと、

 

ではない。

 

 

 わたしの子どものころの話をしよう。サンタクロースを理解するのはそれが適切だ。

かつてわたしも多くの子どもたちの例にもれず、クリスマスにはサンタクロースからプレゼントを受け取っていた。サンタクロースから(日本語で書かれた)手紙を受け取った記憶もある。サンタクロースとはわたしの確実な現実であった。なぜなら、毎年お願いしたプレゼントを枕元の(親が用意してくれた)おおきな特別な靴下に受け取っていたからだ。サンタクロースとはそういうものであり、わたしにとりそれ以上でも以下でもなかった。

 「お願いしたプレゼントを特定の日付に特定の仕方で手に入れる」ことがサンタクロースがいることの証、いや、「サンタクロースという現象そのもの」であった。それが(わたしのあずかり知らぬところで)どのような経路をたどってきたか、赤い服の老人を見たことがあるかどうか、トナカイが引くそりがそれを飛ぶことがありうるか、そもそも世界中の子供のプレゼントを一晩で配り切れるか、といった問題は一切、まったくもって一切合財わたしには関係がなかった。

 

 サンタクロースには常にある問題がつきまとう。いわく、

「何歳まで信じていたか」問題である。この質問はじつに悪質だ。信じていないこと、サンタクロースの非実在性がそもそも前提されている。わたしには敬虔な有神論者に「いつまで神様なんか信じてるの?(嘲笑)」と投げかけているように感じられてならない。このような質問が平然となされるということ自体が、とても悲しい。

 

 わたしの子どものころの話に戻ろう。やはりというべきか、世間(社会?)の当然の流れなのか、「サンタなんていない」と言い出す子どもが現れた。幼い(といっても多分二桁には到達してい気がする)わたしは考えたのであろう。

「毎年プレゼントをもらっていることは疑いようがない。すなわちサンタクロースはいることは自明である。しかし彼らにとってはそうではないらしい。プレゼントをもらっていないのだろうか。そもそもサンタクロースがいるとはどういうことなのだろう。」

 

 幼いわたしは実に、実に涙ぐましくも慧眼であった。サンタクロースの実在非実在に決着をつけることなく、いつまでもプレゼントを貰わないための結論、立場を打ち出した。

 

 「わたしはサンタクロースを卒業した。もう小さくはないので、これからはサンタさんにはかわりにもっとちいさい別の子どもたちにプレゼントを頑張って配ってほしい。」と親に告げた。卒業宣言である。

 こうしてサンタクロースの尊厳を傷つけることなく、体面も整えることに幼いわたしは成功したのだ。

 

 正直に言ってわたしはこの(わたし自身のものとはいえ)エピソードが大好きである。泣ける。自分のことだが、人ごとのように、まるで創作のように泣ける。今書きながら少し泣けてきている。

 

 かつてのわたしのサンタクロースの実在性の基準はプレゼントの有無であった。実在(いる)という言葉の意味そのものといってもよい。(のか?)あまり一般的ではないことはわたしもそしてかつてのわたしもわかっている。しかしそれでも世間一般の言葉の使い方に反しても守りたいものがきっとわたしにはあったのだと思う。

 

 「サンタクロースは架空の存在」だろうか?実在性とはそれほどに明らかなものだろうか?神はいないのだろうか?電子は実在するのか?漫画のキャラクターの尊厳とは?

 

 身勝手な願いだが、もうすこし実在性について考え直してほしい。とくにオタクと呼ばれたり自称するタイプの人々や表現者、創作者に。電子を直接見たものはいない。だが、それを実在しないなどとのたまう人間はいない。言葉がラベルがデジタルに振られているからと言って、実際にもそうであるとは限らない。

 

 サンタクロースが実在しないなどとわたしは決して口にしない。

 

 

 

 

おわり。結局とっ散らかった気がする。