Blut unt Weiß

伊藤計劃に感化された一連の文章の群れ。日記、少年マンガを中心とするオタク趣味の感想および世界を変えるための文章が置かれる。御口に合いますれば幸い

ジャンプ19号の感想+α

「いずれお前も知るだろう。

常勝の憂い、称賛の苦痛、背負うものの重圧、

孤立と苦悩、やがてお前は努力を無意味に、勝利を虚しく感じるだろう」

「強く、ただ強く!

勝利を望め!

強く!ただ強く!」

ピンポンTHEANIMATIONよりドラゴン

 

 毎週好例(にしたい)、ジャンプの感想いきます。

 

  • ハイキュ-

 おもしろい

 

  • 僕らのヒーローアカデミア

 切島君、いやレッドライオットかっけぇ。あぁいうかてぇのはわたしにとっては天敵のひとりだ。何せ我が刃が通らねぇ。柔(やわら)で仕留めるしかねぇが、自信なし。正直うらやましくはあるな。

 

  • 左門君は召喚士

 もうボス戦か。早い。左門君はシリアス展開に入ると掲載順位が落ちているような気がしてならんが、大丈夫なのか。掲載順位は何週前が反映されているのか?例によってというべきか、左門君よりベルゼビュートに肩入れしたくなる不具合が生じている。

 

 紀ノ國寧々は、やはり負けるのか?気に入らん。初戦で主人公と当たるということはほぼそういうことだが、とくにこの団体戦のルールを鑑みるに間違いなさそうだが、気に入らん。一色先輩も気に入らん。どこがとはっきり言いにくいが何となくあのイケメンは気に入らん。本気を出さないやつは気に入らん。だが、見事な包丁さばきだ。わたしは末席とはいえ己と刃物を同化させようとしている身だ、わかるぞ。だがな、気に入らんな。さて、そばの方はどうなることやら。そばが食いてぇな、うまいそばが。もうそばの味を忘れたよ。好物なのにな。

 

 熱いな。わたしは不良の更生物語が嫌いだ。だから空手使いについては過去のことは無視させてもらう。勝て、強く、勝利を望め。必要なものはそれだけだ。勝って、笑え。

 

 

 こっからは+αの話。

 

  • 刃牙道(チャンピオン)

 惜しかったな。隊を立て直したまでは良かったが、すぐさま指揮官が再び狙われてしまった。そして、二刀解放。

「オイオイオイ」

「死ぬわ、あいつら」

 

  • 最近のFGO

 土方さんが強いかっこいい欲しい。フレンドが幾人か引いてくれたので、ラッキーではある。周回はターンはかかっても面白くやりたいので、オジマンディアス、ランスロット狂、フレ土方さん、予備の小次郎で回っている。オジマンディアスもランスロットも「うるせぇ!」ので土方さんとの相性は面白いという意味で抜群だ。カレスコを入手してからようやくランスロットが前線に出せるようになった。宝具の星を土方さんまたは本人に集めて殴るだけで十万のドラゴンが吹っ飛ぶのは気分爽快と声を大にして言いたい。ボスの黒ひげも土方さんの宝具一発でたいがい吹っ飛ぶ。

「俺が、新!撰!、ぐみだぁぁああ!!」

うん、気分、爽快。宝具ボイスは二種類あるようだ。矜持と書いて狂気と読む、そんなキャラだな、土方さん。サイコーだ。

 が、やはり自分で引きたい。最初で最後の十連なるか、石をあと五つ、どこで・・・せめて☆4でだれか新しいメンツを・・・

 

 アニメとか。

 

 本屋でみかけ、いずれ手を出そうと考えているうちに先にアニメ化してしまった。実在古流剣術流派登場と聞いたので、個人的に外せない。が、少し危ない雰囲気。人には薦められないかもしれない。まぁまだ一話しか観ていない。次を楽しみにまつとしよう。あまり知らない流派ばかりなのも知的好奇心という意味で楽しみだ。タイ捨流に特に興味引かれる。

 

 アニメしか追っていないので話がわからんことばかりだ。壁の中に巨人?巨人によって巨人から守られていた?司祭は何を知っている?なんにせよ、何者かの悪意を感じざるを得ない。そうだ、わたしはヒトVSヒトが観たい。獣だのセルリアンだのはいわば自然災害。たしかに困難に立ち向かう話は面白い。それは認める。だが、人間の敵はやはり人間なのだ。人が、人を、殺すのだ!あははははははは!!

 

 

 

 

気分は盛り上がってきたが、この辺で。

 

おわり。

ジャンプ18号の感想+α

 こんにちわ、好きなヒーローはバットマン(とくにビギンズ三部作のダークナイト)、でおなじみ、門倉亜人です。

 

 

ジャンプの感想です。

 

  • ワンピース

 サブタイとサンジの顔芸がすべて。「なんて演技力だ!」

 

 螺旋丸を使うガキ、率直に言って脅威である。脅威じゃない?

 

 その顔でそのキャラ付けはかませフラグ

 

  • 左門君は召喚士

 熱い師弟対決!のはずだが、いまいち乗り切れなかった。戦闘は二週ぐらい使ってもよかった?

それよりマステマをだな

 

 死依八齋會へ出向く死柄木サァン。緊張感のある会合でとてもよかった。今週はじめて思ったが、もしかして死柄木さんのファッションて飾りじゃなくてガチに故人の手とか?うわぁキモイwいいっすねー

 (そういえば手のひとつに向かって父さんとか言ってましたっけねー、忘れてた。)

 「計画」の説明とその例示を同時進行にするのは良いなぁ。こういうのを構成力っていうのかな。サンイーターの出番が思ってたよりずっと早くてうれしい。そしてまったく夢想だにしないチカラだった。お手軽MOオペレーションかよ!

 

 騙された。完ッ全に騙された。まるで勝ち目がない、と思わされた。スカッとする勝利!辻桐仁の相撲!超好み!あれこそ国宝、いや、日本刀の名を冠するにふさわしい技のキレ味!柔の鬼切安綱と呼ばれるにふさわしい、柔術のごとき投げ!刀のキレがそのまま人の身に宿ったようだ。触れれば転倒!羽織を羽織るがごとく、触れれば斬れるごとく、その技まさに刀の境地!天晴れ!天晴れなり辻桐仁!!(火ノ丸は本当にいろいろと勉強になる・・・)

 

 我が剣(即ち柔)もかくありたいものよな・・・

 

 

こっから+α

  • 刃牙道(チャンピオン)

 STAT(スタット)が無能すぎワロタ。警察そんなにやわじゃないでしょ、実際。モブじゃないんだからさ、もちっと性能魅せてから死んでくれよな。咬ませ犬じゃなくて虚仮脅しにになっちゃうだろ。がんばれSTAT!気持ちの問題だ!今一度戦力を立て直して群れとして動け!がんばれ!ヘリから狙撃とかしよ!ね?狙撃しよ?ね?ね?狙撃しよ?(チープトリック)

 ・・・ヘリは揺れるから狙撃は難しいかな?まして対象は武蔵だし

 

  • 噓食い(YJ)

 このマンガ連載開始当初から読んでるけどずっと面白くてヤバい。とんでもない狂気を緻密な計算で綱渡りさせるギャンブルマンガ。いまは連載開始からずっと主人公、通称「噓食い」の目的だったラスボスとのギャンブルをやっててつまり実質最終章だけどヤバい。なにがやばいって・・・

 

 ・・・ハンカチ落としやってる。主人公とラスボス、そして立会人(このマンガの核となる要素)の三人で、ハンカチ落とし。一対一のハンカチ落とし。負けると死ぬ、いや、どちらかが死ぬまで続けるハンカチ落とし。「臨死ゲーム」。死すら手札の一枚に数えるイカレたゲーム。

 想像できるか?高度1000mでの綱渡りのごとき緊張感、ポーカーのごとき心理ゲーム、神がかりすら要求される頭脳いやそれをも超えた超人たちの戦い。緊張感、謎、不明な勝敗、恐怖、戦慄、すべてが味わえる、・・・

 

ハンカチ落とし。

 

 このマンガ、噓食いはずっとそんな感じ。普通のギャンブルはあんまりやらず、あっち向いてほいとか、たたいてかぶってジャンケンポンとかそういうのに一味加えるだけでイカレた心理戦を孕んだ死のゲームをやる。いや、ほんとすごいんだ。画力、構成、キャラクター、すべてが規格外、常識の埒外にある。とってもマンガらしいマンガだ。荒唐無稽で純粋なエンターテインメントという意味で、とてもマンガらしいマンガだ。

 

 わたしは、あまり人にマンガを薦めたりしないが、噓食いはマンガ通に薦めたくなるマンガだ。もうすぐ終わりそうだけど、興味がわいたら読んでみそ。

 

 ブログで噓食いの話したことなかったかなそういえば。

 

 

  • 春アニメ

 とりあえず進撃の巨人を抑えました。しょっぱなから結構えぐかった。「その日人類は思い出した」って感じだった。そうそう、進撃ってこういうのだったわ。怖い。

 他はまだわかりません。ざっとタイトルとか見まわした段階では惹かれるものなし。ヒーローアカデミアと巨人だけになりそうです。けものフレンズから巨人はきつかった、正直。優しい世界から残酷な世界へ。我々の世界はどのぐらいの位置にあるんだろうねぇ?なんにせよ、覚悟が足りてなかったことは確かだ。不意打ちともいう。一つくらい癒し枠が欲しい。巨人がたびたびフラッシュバックして生活に支障が出そう。今週のニケ分隊長とかすでに何度か来た、バック。

 

 

 ジャンプより+αの話が長いな。一番熱がこもっているのは今回は火ノ丸です。文章量に反映できてないけど。

 

 

おわり。

けものフレンズが終わった

 けものフレンズが最終話を迎えた。

 わたしにしか語りえない感想などない。

 ゆえに多くを語るつもりはない。わたしにしか語りえない言の葉を紡ぐことこそこのブログの在り方である。だが、ここに紡がれるはみなが口にする言葉。

 ただただ、感謝。

 

 ありがとう、けものフレンズ

 

 ありがとう

 

 

おわり。

今週のジャンプの感想

 ハローハロー、わたし、カドクラ、カドクラアァトです。沖田が出ません。沖田が出ません。沖田が出ません。それ以前に新規サーバントがめっきり引けません。それでもめげずにくじけずに行こうな!フレンズに借りればいいんだよ!持ってるサーバントはそれぞれ違うから!

 

 

 今週の方のジャンプの感想をば。うちは平然とネタバレするよ。

 

 左門君。回想は意外とあっさり終わりました。ネビロス少将がメインの回想でしたねぇ。左門君の方の事情は不明のまま。いいからそれよりマステマを映すんだよぉ!!

 

 火ノ丸相撲。熱すぎません?ラストの見開きのコマめっちゃ熱かったし、その前の投げの見開きコマもくっそ熱かった。震えましたよ。コミックス買って勉強したい。

 

 食戟のソーマ。あぁ、そばが食いたい。個人的には十割そばのが好きですが、寧々さまのそばはすごく食べてみたい。芸事に熱心なロリ寧々さま可愛すぎる。かわいい。

 そばの捏ねの繊細さというか職人技に感動する。配合さえ合ってりゃぁ、混ぜりゃぁ同じだ、混ぜ方に上下の別なんぞありゃぁしねぇと昔なら思っていたであろう。ちがう、ちがうのだ。種々の経験により実感されるちがい。混ぜ方には上下があり、過程の違いは質の違いへ直結するのだ。いまならそれがわかる。納豆やメレンゲをただ混ぜるだけでも上下があると知っている今ならば。泡の肌理は混ぜ方に依存する。舌ざわりなどの質はその肌理に依存する。そばもおなじだと、想像できる。

 積み上げた時間、歴史の重みにはそうそう勝てない、というテーゼは賛意を表したい。くだらない趣味や金にならない学問に半生を費やした身としても。できることならそれらを役に立たせたいものではあるが。いや、役に立たないというのはまちがい。他人の役には立たなかったが、わたしの役には立った。わたしが絶望の底でもなお生きてこられるだけの何かを得た。

 ちがうわ、ソーマの話だわ。奇策で挑むには十傑は分が悪い。しかし、積み上げた歴史ならこっちにもある。この流れは良いと思う。でもそばがうまそうだなぁ。そばが勝ちそうだなぁ。寧々さまの負けるところは見たくねぇなぁ。

 あぁ、うまいそばが食いてぇ。

 

 ワンピース。ジンベェのオジキかっけぇ。

 

 僕のヒーローアカデミア。うららかちゃんがインターンしとる!かわいい!くて強い!コンビ技とは考えたな!ねじれちゃんが強い!あと壁にはなしかける先輩のヒーロー名がかっこいい!サンイーター!どういうことだ!光を呑むのか!?はやく活躍してくれぇええ!

 サー・ナイトアイのヒーロー観は間違っている。

 オールマイトの象徴論はまちがっている。

 ヒーローに求められるのはユーモアではない。人の上に立つ者の資質、ではない。

 ヒーローに必要なものは象徴性ではない。超人といえど個人に過ぎない。その射程距離はたとえオールマイトといえどもたかが知れている。そしてやはり彼には限界が来た。平和とは一人の力で支えられるものでも、そうすべきものでもない。

 ステインのヒーロー観は間違いではない。紛い物のヒーローには退場して頂きたく候。しかし、排除だけで平和は築けない。ステインのヒーロー観は間違っていないが、彼の在り方はすべて間違っている。個人的にはとても共感する生き方ではあるにせよ。

 ヒーローに求められるものを述べよう。それは普遍性だ。人間が十人いれば五人がヒーロー。そのぐらいが望ましい。むしろ、人間であるとはヒーローであること、であってほしい。

 緑谷出久はもしヒーローになったならば、おそらく「みなに支えられるヒーロー、みなが支えたくなるヒーロー」になるだろう。ヒーローがヒーローを生む構図が生まれる。人はヒーローに頼るのではなく、彼を支えようと、自らヒーローにならんとするだろう。ヒーローはどこにでもいる。ヒーローがヒーローを生む。その時、ようやくあるべきヒーロー社会が誕生するだろう。ヒーローとは職業ではない、生き方なのだから。

 せっかくの超人社会だ。皆人ヒーローたらんとすべし。願わくは我々もまた。

 

マンガの感想からはだいぶ離れてしまったかもしれない。まぁいいか。あぁ来週もジャンプが楽しみだ。

 

以上。

ジャンプの感想でも

 我は空、我は刃、我は人の身を捨て、修羅と化す。自ら真名を捨て、亜人(あじん)を名乗らん。

姓は門倉、名は亜人(アァト)、我、悪を断つ剣(つるぎ)なり。

 

 

 書くことがない。二月、三月と連ちゃんで体を壊し、十年ぶりぐらいに病院に行ったので、病床に伏せ続けたため何もできなかった。伊藤計劃よろしく闘病ブログにしようかとも思ったが、やめておいた。たしかにこのブログは伊藤計劃リスペクトでスタートしたが、ブログを書く元気もない程であった。日本の自殺理由のトップを知っているか?二位が生活苦で一位が病苦だそうだ。納得したよ。死ぬような病でなくとも内蔵の苦痛は耐えがたい。みんな、健康診断とかに行こうな!

 というわけで書くことがない。あった試しもないか。ジャンプの感想を書く。

 

 火の丸相撲がずっと熱い。すごい。今週は辻だ。肺に持病を抱え20秒しか全力で戦うことのできない、期間限定の最強力士。熱い、あついねぇ。これは勝ちましたな。

 

 左門君がシリアス展開に入っている。わたしはマステマが好きでな。まさかこんなに早く出番があるとはおもっていなかったので大変うれしい。これが僥倖というやつか?左門君はシリアス展開こそが面白いと思っているのだが、シリアスに入ると順位が下がっているように見受けられる。また「あの」ジンクスだろうか。勘弁してほしい。左門君は来週から回想に入るようだが、これも順位が揺らぎやすいみたいだ、頑張って人気作品になってほしい。主人公がクズという変化球マンガに見えるが、ギャグやシリアスの展開などは「荒木飛呂彦の漫画術」の見地から見ればきっと王道だ。がんばれ左門君、がんばれマステマ

 マステマのウザ芸が愛おしい。あとルキフグスがかっこいい。やはり日本刀は良いものだ。

 余談だが、今週のマステマの二度にわたる神回避シーン、あれは実に良い。見て、判断して、それから躱すのでは到底間に合わんところ、怖気、殺気を感じて予め躱す。正しい。予め躱してもあのクラスの攻撃はジャスト回避になってしまうようだが。あれはファンタジーではないぞ?現実に我々の世界に存在する訓練で身につく技術だ。ゆえにリアルでよいシーンだった。見聞色の覇気のようなものだ。この話長くなりそうだし本筋と関係ないからやめるね。

 

 ジャンプの話は飽きた。刃牙の話をする。

 武蔵VS機動隊が始まった。装備に頼りすぎるとろくでもない死に方をする、という好例となってしまったな。南無。なんで装甲車から降りた!?まずヘリでぶっ放せばよいものを。とにかくあれはサットだかスワットだかの失策だ。武蔵に対して人として対峙するのは愚策オブ愚策である。絶対に乗物から降りてはいけない。死ぬぞ。装甲車でひき殺すなり、ヘリからスナイプするなりしろ!

 とにかく武蔵が強くて強くて面白い。なんか刃牙とか独歩とかが守護るとかなんとか先週か先々週に宣っていた気がするが、どうするのか、何を守護るのか。多分機動隊を守護ると言ってるのだろうが。武蔵から守護れると!?無駄無駄ァ!とにかくこれからも刃牙道から目が離せん。もっと、もっともっともっと武蔵には人を斬っていただきたい。

 

 

 本当はこのあとけものフレンズの話を書こうと思ってここまで書いて保存していたのだが、あっという間に次の月曜日になってしまった。上記のジャンプは先週の話である。けものフレンズについては今回は何も言わないでおこうと思う。語るべきことは何もないように思われた。わたしがすべきことはただ、視聴することだけだ。

 

おわり

リアリティについての雑感

 ふはははは!!余である!門倉である!皆、息災か!?(挨拶)余はもうだめである!ははははは!余の世界に希望(ひかり)なし!余の生活(じんせい)に続編(みらい)なし!よい、赦す!いずれ来る好機を待つもよし!このまま朽ち果てるもよし!

 

 表題のごとくである。世界(観)と享受者の態度の違いまたはその間(あわい)についてつらつらと述べる。

 ミステリ小説が苦手である。リアリティを感じることがあまりない。例外はあるが。享受の場面におけるリアリティとは享受者の世界への没入感と同義といっていいだろう。ミステリに没入することは多くの場合わたしにとり難しい。登場人物がまるで死ぬために配置されているように感じること多々。謎が主で人(キャラ)が従、そのような印象を受けた時、もはやかの世界に没入すること能わず。

 著名な漫画家、荒木飛呂彦はその仕事術を公開した著書「荒木飛呂彦の漫画術」で概略このように述べていた。できることなら引用したいのだが手元に見つからないので、記憶に頼らせてもらう。

「読者はその世界に没頭したいのであって、それを妨げるようなことは決してしてはいけない、冷めさせては失敗である。」

と。ミステリは冷める。世界に没頭できない。

 しかし、ミステリの主役は文字通り「謎(ミステリ)」であるのだろう。であれば、謎が主であるのはむしろ尤もといえる。そしてミステリは根強い人気があるジャンルであることは疑いようもない。

 ここである視点の転換がわたしに生じる。ミステリ読者は世界に没頭したいわけではない?のか?と。ただ謎に対面したいのか?と。

 享受者の態度にはいくつかの種類があるということが分かってくる。普通は小中学生くらいで気づくものなのだろうが。世界観や謎という要素はいうなれば舞台装置だ。人(キャラ)がそこで運動し生活するための地面、それは生存にとっての酸素のごとく重要なものだが、我々は呼吸をするために生きているのではないのと同じく、わたしは舞台装置を見たいわけではない。が、舞台装置を見たい享受者というものもいるのだ。たしかに、テーマパークのアトラクションなどにはそのようなギミックを楽しみに行くという態度があり得、それは想像できる。ミステリや人によってはSFなどもその型(タイプ)の享受があるようである。そして思い返してみるならば、そのような享受の型を自らも行った覚えがある。サメ映画とか、なんかそういういわゆるB級のようなバカ映画に対して。

 伊藤計劃は議会フェチだったそうである。エヴァンゲリオンのゼーレのようなものだろう。わたしもすこしそのケがあるような気もするが、伊藤計劃の記述に接するまで自覚がなかった。この享受も今思えばこのような型(タイプ)の享受ではないか。

 創作(フィクション)の享受にはいろいろある。リアリティ(没入感)の深浅は、享受者の趣味態度、作品のジャンルなどによっても変わってくるし、またデジタルに分けられるものでもない。バカ映画のつもりで見ていたら思いがけず引き込まれてしまったということは全く普通にありうることだ。

 享受の型(タイプ)とリアリティの関係についてすこし考えてみた。この話題はもう少し粘るべき感触もあるが、今回はここまでにしておく。この構造はかなり複雑でかつ動的であるだろう。以前から述べている「面白さの3分類」にも関わるに違いない。というより、これはその別の側面からの分析、だろうか?

 最後に思いついたことを少し。世界への没入感は人物(キャラ)への感情移入を含むが、それのみに縛られるわけではなさそうだ。

 

随筆なので続かないだろう。以上。

FGO日記

 どうも、門倉亜人です。好きなコマンドカードはバスターです。戦略を立てるのは脳筋できない弱者のやることです。

 最近FGOのプレイスタイルが変わってきたのでぼそぼそ日記にします。

 

 我々マスターは弱者です。資源は有限であり、ステータスも上限があり、打てる手(コマンドカード)も限られます。部下に気持ちよく脳筋させるために弱者である我々は戦略を練ります。

 イベントで周回用のパーティを組む必要に迫られた結果、新しい組み合わせや戦略に目覚めてきましたね。最近覚えたパーティの組み立て方の基本的な思想は、「優先的にコマンドカードを選びたい奴は二人まで」です。サポートにしろアタッカーにしろ、コマンドカードで敵を殴らなければ活躍が見込めないやつは二人までにしておこう、ということです。コマンドカードは一人五枚の三倍で十五枚のうち、三ターンで九枚しか選べないので、優先したいカードばかりでは力を発揮できないものが現れます。スキルで十分活躍できる、または礼装を持って立ってるだけで役に立つやつを入れましょう。スター集中傾向を傾斜させて星を生むだけでも活躍といえます。(でも本当は三人全員が互いに支援しあうアタッカーで組みたい。)

 その思想で組まれたパーティが、

エドモン、ハロエリ、ビリー(または小次郎)

です。ハロエリちゃんは突っ立てるだけで活躍です。かわいいし。かわいいは活躍です。

 ところで、最近カーミラさんの強さに気が付きました。敵を殴ってNPをためるタイプなのでガンガン殴りにいかないといけません。殴ってクリッて宝具でグルグル。なるほど、なるほど。NP効率的な意味での星の有用性に目覚めた今、ますます欠片礼装がほしいですね。ない。

 X・オルタもいない。欲しさでいうと山の翁の次くらいに欲しい。沖田くらい。

 

 新しいパーティを回しても一度解体すると翌日には忘れてしまいます。チョコ集め用のパーティがもう思い出せない・・・

 

終わり。疲れの感じられる日記ですね。たぶん続きません。